アリエス 〜aries〜
著者:shauna


フェルトマリア家の家令。アリエス=ド=フィンハオランはこの日初めての休憩をとっていた。
この屋敷に仕えるようになってからの細かい年月は覚えていないが、仕事を覚え、なんとか安定するようになってからもう1年以上が過ぎようとしている。
 シルフィリアの執務室とほとんど変わらない豪華さを誇る自身の執務室でのんびりと紅茶を飲むその姿は、椅子に座っていながらも背筋が伸び、視線も柔らかく手元のカップに向けられている。そんな所からも彼の真面目で優しげな性格がよく表れていた。

 執事も言えることだが、家令は通常、頭をオールバックに固めたりするものだが、彼はそれをしていなかった。髪は固めることもせず、ボサボサ。しかし、服装だけは僅かな皺も無くキチンとしていた。
 なんとなくではあるが、髪の毛をしっかりと固めるのが恥ずかしいのである。
 自分はそれほどキチンと物事をこなせる器用な人間では無いし、何より、無理に飾るのはどうにも嫌いだ。
 そんな自分が本来の完璧な使用人を演じて、髪の毛を固めるのはどうにも釣り合わないと思う。
 それに、髪を固める為の整髪料の臭いはシルフィリアが嫌う。
 使用人として働くことを決めたのはエーフェ皇国がまだ存在した時に当時の王妃シェリー=エーフェとはいえ、仕える対象はシルフィリアであり大好きな女の子が嫌う臭いなら極力避けたいのである。
 それにしても・・・・
 アリエスは「ふぁぁ〜」と大きな欠伸をしてから大きく伸びをする。この時間は限りなく眠い。
 そもそも、シルフィリアは知らないようだが自分も、彼女程ではないにしろ、朝はどちらかというと苦手な方だ。
 前述の通り、この屋敷に仕えるようになってもう1年以上になり、朝の早気は習慣になってきたとはいえ、“慣れ”とはすなわち“我慢できるようになった”だけであり、実際にはちっとも楽になってはいない。
 コンコンというドアを叩く音にアリエスは眠い目を擦りながら「どうぞ〜」と力なく答える。
 「アリエス様。次は何を致しましょう?」
 優雅なお辞儀と共に、部屋に入ってきたの来たのはフワフワとした髪に猫の耳と尻尾を生やしたメイド服の可愛い少女だった。
 「部屋の掃除はもう終わった?」
 「ご指示通り、現在アオとルイがしています。昼食の仕込みはいつも通りリンに任せています。」
 「仕事が早いね。助かるよセイミー。」
 アリエスはそう言うとその少女に微笑みかけた。
 彼女の名前はセイミーという。もちろん見かけ通り人間では無い。
 シルフィリアによって契約された高位の精霊だ。
 正式に言うと、“身の回りの世話をする為にシルフィリアが動物などの死体から作り出した精霊”であり、俗っぽく言うと“使い魔”ということになるのだが、なにぶん長い為、アリエスの命名で“使用精霊”と呼んでいる。
 その中でもセイミーは元々の素体が山猫なだけあって知能が高く、シルフィリアから女中頭を言い付かるだけあって仕事もできた。
 しかし、彼らは精霊であって人間では無い。すなわち、彼女たちは言われたことを完璧にすることはできても、人間特有の能力である自身で考えて行動する・・つまり、自身で応用しアレンジすることができないのだ。
 「じゃあ、リネンの準備を。それが終わったらリンを手伝ってあげて。それから今日から俺とシルフィーは屋敷を開けるけど、その時のことはこの前指示した通りだから。」
 アリエスがそう言うと、セイミーは「畏まりました」と言って執務室を後にした。

だから何が何でも朝の仕事の指示を欠かすわけにはいかない。
 彼女達は指示なしには何をすることもできないのだから。
 セイミーが出ていった所で再び大きな欠伸をした。
 これは、昨日も夜遅くまで寝られなかったためである。
 「少し寝ようかな・・。」
 このアリエスの呟きには「もっと早く寝れば?」と突っ込む声もあるだろう。でも、実際アリエスは日付が変わる前には既にベッドの中にいるのだ。
家令でありながらアリエスはシルフィリアから主人より早く寝ることを許されている。しかし、実際そこから眠りにつくのにはある理由故に困難を極める。
 ではその理由とは何か?
シルフィリアだ。
 前述したと思うが、アリエスとシルフィリアは同じ寝室の同じベッドで寝ている。そして、毎夜12時にはアリエスは寝る準備を済ませているのだが・・・・
 そこから約2時間・・。他言したら間違いなく引かれるかあるいは人によっては殺されそうなぐらいに甘く蕩ける出来事が・・・
 いや、そう言うと少し語弊がある。正しく言うのなら、甘く蕩けるような行為をされることで赤面しつつ理性を何とか保っているアリエスをシルフィリアが
苛めながら楽しんでいるというのが一番近いと思う。
 つまり、シルフィリアからの許可というのは「寝てもいいけど、寝れるものならね。」みたいな意地悪な物だ。
 大体、あれには慣れなんて通用しない。
 大好きで大好きでたまらない超美少女がベッドの中でペタペタくっついて来て耳元で「苛めてください。」とか、「いけない私をアリエス様の欲望でお仕置きして下さい」とか、「たっぷり可愛がってください。」なんて言われて何とも思わず、平然としていられる男が居るだろうか?居たら、俺は心の底からそいつを尊敬してやる。
 もちろん、ふざけてからかわれていることは分かっているのだが、それでも、本能的に高鳴ってしまう心臓は全身に異常な量の血液を運び、アリエスの理性を蝕む。
 それに、言葉だけならまだ我慢できるがそこには滑らかな太腿や恐ろしい程に柔らかな胸など絶対的な柔らかさと温かさと触り心地が加わり、彼女がすっと回してくる細い腕の密着感が加わり。耳元に吹きかけられる温かな吐息が加わり、そして主に髪の辺りから匂ってくる女の子特有の甘い香りが鼻をくすぐるとそれは凶器となる。
 どうだ!こんなの我慢できるわけがないだろう!
と何となく自慢してみるが、とりあえず、今のところ毎晩理性が12ラウンド判定勝ち並の僅差で勝っている為、手を出さずにいられている。
が、それもいつまでもつことか・・。
 しかも、もし気持良すぎて眠ってしまいそうになると耳とか睫毛をペロッて感じで舐められて一気に心臓をフルスピードにまで加速させられる。これで眠れるか!!
バーカバーカ!!
 でも、まあ・・その・・・・
 気持ちいいことは事実だし、何より、これは少なくともシルフィリアが自分の事を嫌っていない―嫌いならあんなことするわけないし・・―という証明なのだから、無下にやめてもらうわけにもいかないわけで・・・・
 なんとも難しい限りである・・・・
 そんなことを考えながらアリエスは壁に掛けられた時計を見つめた。
 現在時刻は午前10時過ぎ。
 このまま行けば、今日も滞りなく終わる。
 ・・・あれ?
 家令が忙しいのは朝だけだ。後は来客とか、シルフィリアから言い渡されるスペリオルの材料収集でもない限り、買い物ぐらいで一日は滞りなく終わる。
 何か忘れている気がする。
 さっき俺はセイミーになんて言ったっけ? 
 今日から俺とシルフィリアは屋敷を開ける?
 ・・・あれ?何か忘れてる気がする。
 アリエスは急いで引出しからスケジュール帳を取り出し、今日の日付の所を見た。
 そして、まるで幽霊でも見た様な雄叫びをあげる。
 忘れていた・・・すっかり・・・
 今日から明日にかけては予定が入っていたのだ。
 しかもダブルブッキングで・・。
 どうするか考えていると、下の庭から声がする。
 アリエスが目線を落とすと、そこには一礼して話をするシルフィリアとアスロックの姿が・・・。
 ここでアリエスにある考えが浮かぶ。アスロックには悪いが少し手伝ってもらうことにしようと・・。
 勢い良く部屋を飛び出して、アリエスは出かける準備を始めた。



R.N.Cメンバーの作品に戻る